名前具志堅用高 ぐしけん ようこう
別名カンムリワシ
生年月日1955/6/26
国籍日本
戦績24戦23勝1敗15KO
紹介沖縄県石垣市出身の元プロボクサーで、WBA世界ライトフライ級王座を13度防衛。
世界王座13度防衛"は現在も日本国内最多記録として君臨している。
愛称はカンムリワシ。
右利きからの改造サウスポーが多いボクシング界には珍しく、生来のサウスポー(左利き)。ボクシングスタイルはファイタータイプ。
石垣市の名誉市民でもある。 石垣島にある「具志堅用高記念館」がある。
地元の中学卒業後、沖縄本島に渡り、興南高校に入学。3年時、インターハイモスキート級で優勝。高校卒業後上京。拓殖大学の体育推薦入試に合格していたが、入学を辞退し、協栄ジムに入門。
デビュー当時から金平会長をして「100年に一人の選手」と言わしめた。
引退後は解説者として活躍する一方、芸能界でのタレント活動にも参加。1994年には日本人初のボクシング世界王者でもある白井義男(故人)と共同で「白井・具志堅スポーツジム」を開設。現在は同ジムの会長として後進育成に力を入れ、元日本スーパー・フライ級王者の名護明彦、元OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者の嘉陽宗嗣らを育てている。
トレードマークは独特のアフロヘアーと口ひげ。
本人が「そうですねぇ」と言うとき「チョッチュネ」と聞こえることが、片岡鶴太郎らのものまねもあって日本中に浸透。この「チョッチュネ」は具志堅の代名詞にもなっている。ちなみに沖縄にはその名もちょっちゅねというお菓子がある。
主な戦歴1974年5月28日牧 公一に4R判定勝利でプロデビュー。
1976年10月10日 わずか9戦目で世界初挑戦。リトル・フォアマン"の異名を持つWBA世界ライトフライ級王者ファン・グスマン(ドミニカ共和国)に挑む。前評判では圧倒的に王者有利とされたが、挑戦者が開始当初から軽快に動き回り、2回、4回にダウンを奪う。7回、3度目のダウンを奪ったところで 10カウント。沖縄出身者初の世界王者が誕生した。試合後「ワンヤ、カンムリワシニナイン(自分はカンムリワシになりたい)」と話したことから「カンムリワシ」の異名がついた。
1979年4月8日 8度目の防衛戦を7回KOで勝つ。
1977年10月の3度目の防衛戦から6連続KO防衛であり、世界王座6連続KO防衛は日本人選手では具志堅しか達成していない。
1979年10月28日 防衛回数を遂に10の大台に乗せる。
1980年6月1日 12度目の防衛でライトフライ級の世界王座防衛世界新記録(当時)を達成。その後、13度目の防衛にも成功。
1981年3月8日 14度目の防衛戦で地元沖縄での凱旋試合が実現。前回の防衛戦で対戦したペドロ・フローレスと再戦。回が進むにつれ、挑戦者のプレッシャーをかわし切れなくなっていく。12回、挑戦者の右ストレートをまともに浴びてダウン。立ち上がり試合続行に応じたが、挑戦者の追撃に襲われる。ここでセコンドからタオルが投入され世界王座陥落。この試合を最後に現役を引退した。
獲得タイトル
第3代WBA世界ライト・フライ級王座
公式HP
白井・具志堅スポーツジム
具志堅用高記念館

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