名前大橋秀行 おおはし ひでゆき
別名150年に一人の天才 不死鳥
生年月日1965/3/8
国籍日本
戦績24戦19勝5敗12KO
紹介元WBAとWBCの世界ミニマム級元王者。
横浜高等学校~専修大学中退。
「ライト級に匹敵する」と言われた強打を武器に、ミニマム級・ライトフライ級の2階級で活躍した。
現在は「大橋ボクシングジム」(横浜)の会長で、川嶋勝重をWBC世界スーパーフライ級王者に育てた。2007年4月1日より東日本ボクシング協会会長。
主な戦歴1985年2月、150年に一人の天才(具志堅用高の100年に一人の天才を超えるという意味)のキャッチフレーズで、ヨネクラジムからプロデビュー。
1986年6月、野島嘉章に10回判定で勝ち日本ライトフライ級王座を獲得。(防衛戦を行わず王座返上)
1986年12月、韓国でWBC世界ライトフライ級王者の張正九(韓国)に挑戦。5回KO負け。1988年1月11日、喜友名朝博に10回判定で勝ち、再び日本ライトフライ級王座獲得。(防衛戦を行わず王座返上)
1988年6月27日、後楽園ホールで再びWBC世界ライトフライ級王者の張正九に挑戦。3回、二度のダウンを奪われた直後、右の強打をクリーンヒットさせ張をダウン寸前に追い込むが、8回1分47秒TKO負け。張は15度目の防衛成功。(日本プロボクシング協会の年間最高試合)
1990年2月7日、崔漸煥(韓国)を9回2分11秒、左ボディブローでKOし、WBC世界ストロー級王座獲得。(日本のジム所属選手の世界挑戦の連続失敗を21で止め、1年3ヵ月の日本人世界王者不在期間に終止符を打つ。日本プロボクシング協会の年間最高試合)崔漸煥に挑戦する前、張正九から「崔は韓国人だが、二度も死闘を演じた君に勝って欲しい」との手紙を受け取る。
1990年6月8日、初防衛戦でナパ・キャットワンチャイ(タイ)に12回判定勝ち。
1990年10月25日、2度目の防衛戦でリカルド・ロペス(メキシコ)に5回TKO負け。
1992年10月14日、WBA世界ストロー級王者崔煕庸(韓国)に挑み、12回判定勝ち。(二度目の世界王座獲得)
1993年2月10日、初防衛戦でチャナ・ポー・パオイン(タイ)に12回判定負け。チャナ・ポー・パオインに敗れた後、再起を表明したが、眼疾が判明して引退した
獲得タイトル
第12・14代日本ライト・フライ級王者
第4代WBC世界ミニマム級王座
第4代WBA世界ミニマム級王座
公式HP
大橋ボクシングジム

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