名前渡辺二郎 わたなべ じろう
別名なし生年月日1955/3/16
国籍日本
戦績28戦26勝2敗18KO
紹介大阪府出身で浪商高校~追手門学院大学文学部英文学科卒業。
高校時代は水泳部、大学時代は日本拳法部で活躍し、大学卒業後に大阪帝拳ジム入会しボクシングを始めた。アマチュア戦績は4戦4勝。
元WBC・WBA世界スーパーフライ級統一チャンピオン。本来は右利きだが、サウスポースタイルで戦っていた。
引退後の一時期、ボクシング解説者、講演家、テレビタレントとしても活動したが、2007年6月30日大阪府警に恐喝容疑で元タレントの羽賀研二や山口組系暴力団の幹部らとともに逮捕された。この際、マスメディアは渡辺を「指定暴力団山口組系極心連合会関係者」と報じられた。
この一連の事件と度重なる渡辺の行動を重くみた日本ボクシングコミッションは、渡辺二郎を永久追放処分とした。引退しセコンド等のライセンスを渡辺は所持していないが、これを今後一切認めない。また、元世界王者としても扱わないという、前例のない大変厳しい処分を下した。
主な戦歴1979年3月27日宮崎敬造3RKO勝ちでプロデビュー。
1980年2月21日後のWBC世界フライ級王者・小林光二に1RKO勝ちで、全日本フライ級新人王獲得。
1981年4月27日WBCスーパーフライ級王者・金喆鎬に挑戦、15R判定負けで初の敗戦とタイトル挑戦失敗。
1982年4月8日WBAスーパーフライ級王者ラファエル・ペドロサに15R判定勝ちでWBAスーパーフライ級王座獲得。
1984年3月15日セルソ・チャベスに15RTKO勝ちでWBAスーパーフライ級6度目の防衛に成功。
1984年7月5日WBCスーパーフライ級王者のパヤオ・プーンタラットとの統一戦に臨む。12R判定勝利で王座統一するも、WBAは統一戦の開催を認めず、試合終了後にWBAスーパーフライ王座は剥奪 されるが、ほんの僅かではあるが、WBA・WBCの統一王座という記録は残る事に。
1985年12月13日尹石煥を相手に5RKO勝で、日本人世界王者として初で現在でも唯一の海外での世界王座防衛を果たし、WBCスーパーフライ級王座4度目の防衛成功。
1986年3月30日ヒルベルト・ローマンに12R判定負けで、5度目防衛失敗、世界王座陥落。
1991年11月8日現役引退を発表した。
獲得タイトル
第3代WBA世界スーパー・フライ級王座
第5代WBC世界スーパー・フライ級王座

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