名前ガッツ石松 がっつ いしまつ
別名鈴木石松
生年月日1949/6/5
国籍日本
戦績51戦31勝14敗6分17KO
紹介ヨネクラジム所属で、元WBC世界ライト級チャンピオン。
ボクシング引退後はタレント、俳優として活躍している。
当初は、鈴木石松というリングネームだったが、試合で少しでも形勢が悪くなると、試合放棄に近い行動を取ることがしばしばだったので、ガッツのあるボクサーになってくれるようにとの思いを込めて今の名前に改めた。
「石松」の由来は「死んでも直らないほどのおっちょこちょい」という森の石松から。三度笠の潮来スタイルでのリングへの登場にも迫力があった。
ボクシングの試合後、握りこぶしを握った状態で上へ向けて万歳をしたような独特の勝利のポーズをしたことから、そのポーズが「ガッツポーズ」と名づけられたといわれている。ガッツポーズは、右手が自分のための喜びを示しており、左手が観客に対する喜びという意味があるらしい。
1996年、森喜朗の勧めで第41回衆院選に東京9区から自民党公認で出馬したが落選、供託金他で多額の借金を抱える。最近では、テレビのバラエティー番組に出演するなどタレント活動を主とする。バナナが大好物である。 一般にはかなりの天然ボケキャラクターとして広く認識されているが、これはテレビ出演向けの演技である。
ボクシング解説や講演活動などでは論理的かつ正確な分析を行なうなど人生経験で培った聡明さを持っている。
主な戦歴1966年12月11日藤原正夫に1RKO勝ちでプロデビュー。
1969年2月3日山本強に2RKO勝ちで全日本ライト級新人王獲得。
1970年1月25日ジャガー柿沢に10R判定勝ちで、世界王座挑戦がほぼ決まっていた、ジャガー柿沢に番狂わせの一方的な判定勝ちを収め、柿沢に代わって世界挑戦権を得る。
1970年6月6日、パナマでWBA世界ライト級王座挑戦。イスマエル・ラグナに13RTKO負けで初挑戦失敗。
1972年1月16日門田新一の東洋ライト級タイトルに挑戦。12R判定勝ちで王座奪取。
1973年9月6日石の拳ロベルト・デュランのWBA世界ライト級王座挑戦。10RKO負けで挑戦失敗。
1974年4月11日ロドルフォ・ゴンザレスのWBC世界ライト級王座挑戦。8RKO勝ちでWBC世界ライト級王座奪取。
1974年9月12日チュリー・ピネダを相手に初防衛戦、風邪をひいており最悪の体調のため、苦戦するが、15R判定引き分けで初防衛に成功。
1974年11月28日ロドルフォ・ゴンザレスとのリターンマッチに12RKO勝ちで2度目の防衛成功。
1975年2月27日前WBA王者であり、世界1位の指名挑戦者ケン・ブキャナン相手の防衛戦を15R判定勝ちで防衛成功。
1975年6月5日前回引き分けているチュリー・ピネダと再戦、15R判定勝ちで4度目の防衛成功。
1975年12月4日アルバロ・ロハスを14RKO勝ちで5度目の防衛成功。
1976年5月8日6度目の防衛戦でエステバン・デ・ヘススに15回判定で敗れ王座陥落。
1977年4月2日一階級上げセンサク・ムアンスリンのWBC世界スーパーライト級王座に挑戦。6RKO負けで挑戦失敗。
1978年6月20日新井容日に10R判定負けし引退。
獲得タイトル
第15回全日本ライト級新人王
第19代東洋ライト級王座
第10代WBC世界ライト級王座
公式HP
ガッツ石松のホームページ OK牧場

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