名前渡嘉敷勝男 とかしき かつお
別名トカちゃん
生年月日1960/07/27
国籍日本
戦績25戦19勝4敗2分4KO
紹介沖縄県生まれの兵庫県宝塚市育ち。浪速工業高等学校(現・星翔高等学校)中退。
幼少のころから絵に描いたようなやんちゃ坊主で、高校時代は喧嘩に明け暮れる札付きの悪ガキだったそうである。
浪速工業高校中退後、単身で上京。当時のWBA世界ライトフライ級王者具志堅用高が所属していた協栄ジムに入門。
プロボクサーを目指し始め、低身長からは想像のつかない力強い戦いを見せる。引退後芸能界入りし、タレントとして活動し始める。「風雲!たけし城」、「たけし・逸見の平成教育委員会」等にレギュラー出演。
現在渡嘉敷ボクシングジムの会長もつとめる。
主な戦歴1978年12月28日浜田信男に4R判定でプロデビュー。
1979年12月23日仲宗根正訓6R判定で第36回東日本ライト・フライ級新人王獲得。
1980年2月21日伊藤富士男 6R判定で全日本ライト・フライ級新人王獲得。
1980年6月14日朴鐘喆6R判定負けで初黒星。
1981年12月16日金煥珍(韓国)を15回判定に降し、WBA世界ライト・フライ級王座獲得。同王座は具志堅が3月に14度目の防衛戦で敗れ、手放していたもので、渡嘉敷にとっては9ヵ月前の先輩の無念を見事に晴らす形となった。ただ、残念なことは、当時週刊誌のゴシップ面を賑わせた「オレンジ事件」のために、当時、渡嘉敷の偉業が正当に評価されなかったことである
1983年4月10日ルペ・マデラ15R判定の結果引分で5度目の防衛に成功。
1983年7月10日6度目の防衛戦でルペ・マデラに4回負傷判定で敗れ、王座陥落。
1983年10月23日ルペ・マデラとの3度目となる試合でタイトル挑戦も15R判定負けで挑戦失敗。
1984年8月、敵地でWBC世界ライトフライ級王者張正九(韓国)に挑戦するが、9回TKOに敗れ、世界王座返り咲きならず。結局、この試合を最後に現役を引退。
獲得タイトル
第26回全日本ライト・フライ級新人王
第6代WBA世界ライト・フライ級王座
公式HP
渡嘉敷ボクシングジム

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