名前ピューマ渡久地 ぴゅーま とぐち
別名なし
生年月日1969/11/20
国籍日本
戦績27戦23勝4敗19KO
紹介沖縄県石川市出身の元プロボクサー。
身長161センチ、胸囲89センチ血液型A型。
興南高等学校卒業、日本大学農獣医学部中退。 鬼塚勝也、川島郭志と共に平成の三羽烏と称され、1990年代初期の日本プロボクシング界で活躍する。
沖縄興南高校入学と同時にボクシングを始め、才能を開花させて行く。アマチュア時代から58戦53勝(40RSC)5敗と、プロ顔負けのパワフルなボクシングを持ち味として18歳でプロ入りを果たす。
全日本新人王(MVP)、A級トーナメント優勝(MVP)、日本プロスポーツ大賞・内閣総理大臣新人賞受賞など、あらゆる賞を総ナメにした。
9戦9勝 9KOで日本タイトル初挑戦。破竹の勢いで日本タイトルを獲得。(のちに11連続KO記録、日本歴代3位)日本タイトルを2度防衛のち返上する。
その後ジムとのトラブルに巻き込まれ、2年半のブランクを経て再び日本タイトルを獲得。 1995年に4年ぶりに日本タイトルに返り咲き、3度防衛。(日本タイトル通算5度防衛)
主な戦歴
1988年川島郭志をKOでくだし東日本新人王優勝
(最優秀選手賞)1988年吉田安伸をKOでくだし全日本新人王優勝
(最優秀選手賞)1989年内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞
(新人賞)1989年A級トーナメント優勝
(最優秀選手賞)1996年8月26日両国国技館WBC世界フライ級王者勇利アルバチャコフに挑戦するも9RTKOで敗北。 のちに脳梗塞の疑いによりWBA世界スーパーフライ級王者飯田覚士への挑戦が中止となり、脳梗塞の疑いは誤診であった事は立証したが、再起戦に失敗し、2000年現役引退する。 移籍の難しい日本プロボクシング業界の中でも異例な、ビクトリージム~埼玉池田ジム~十番TYジム~協栄ジムと4つのジムを渡り歩いた破天荒な天才ボクサーであった。
東日本新人王戦では、後のWBC世界スーパーフライ級王者である川島郭志を6RTKOで破り、その試合は新人離れした昭和の名勝負として今だ語り草となっている。
高校3年の時辰吉丈一郎に沖縄国体でメンチを切り、大喧嘩になりかけたエピソードがある。
ピューマのリングネームの如く、獰猛な野生動物のような動きで相手を威嚇し、 常に攻撃的なボクシングで観客を魅了した。 記録よりも記憶に残る名ボクサーであった。
渡久地聡美(旧姓:生田)と93年8月5日入籍、その後二女一男を授かる。現在は港区東麻布「ピューマ渡久地ボクシングジム」にて、後進の指導をしている。
2007年度東日本ボクシング協会理事も務めている。
獲得タイトル
国体優勝第36代,第42代日本フライ級王座公式HP
ピューマ渡久地ボクシングジム

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